大日本人

昨日「ゲツヨル」で早くも松本人志さんのカンヌレポートを放送し

ていました。

彼の天才(奇才?)ぶりと達観した人生観を聞いていると、

「松本さん、もうすぐ死んでしまうのではないだろうか?」

と不吉な予感を抱いたファンは私だけではないはずだ。

彼から直接話しを聞く事なんてもちろんできない私ですが、

話したならば、

「こんな事で死んでたまるかいな!」

と例の独特の笑い方で笑い飛ばしてくれることでしょうけど。

大日本人の前評判はできるだけ聞かないようにしています。

真っ白な状態で見たい。

VISUALBUM 等、ごっつええ感じ以降の彼の作品はワケあって

リアルタイムではなくて、ごく最近見たのですが、お笑い IQ が

平均的な私には理解できないもののほうが多かった。

凡人でもついてこれるようにと作られた「ごっつええ感じ」は

笑えて、VISUALBUM で笑えないということは、彼の追及している

笑いが私の理解を超えているということではないだろうか、

ZASSA もそれ程笑えなかった。

ああ、ついていけてないんだな、と認めざるを得ない。

大日本人、理解できるだろうか・・・。

と不安に思う。

北野武さんの作品もいくつか見ていますが、天才性を感じたこと

は無かった。松本さんはきっと天才なんだろうな、とぼんやり感じる

ものがある。ラジオ「松本人志の放送室」は第1回から全部聞いて

いるし、彼の「きっちりしい」ぶりも、考え方もある程度分かって

いる積もりだ。

例えて言うならば、北野さんの時代は景気が良くて競争相手も少ない

ゆえに大きくなった企業、松本さんは景気の悪い時代にも関わらず、

沢山の競争相手に勝って成長した企業。

それぐらいの本質的な違いを感じる。

大日本人に松本さんは一方で手応えを感じながら、周囲の評価に

ものすごく敏感であるようだ。ネガティブなクリティシズムを受け

入れられない子供のように映る時さえある。彼が常々言うように、

お笑い芸人とは、常にウケただろうか、本当に理解してもらえただ

ろうか、と心細い思いにドキドキしているものなのかもしれない。

第一弾監督作品だからこそ背負っているプレッシャーもあるのでし

ょうが、第一弾だからこそ、あんまり背負う必要も無いと思う。

今は大日本人の製作を終えて、山を登りきった気分で達成感を感じる

と共に、お笑いで海外進出という大きな目標を達成してしまった

事による虚無感もあるのかもしれない。でも、きっと彼の事だから

「次はこの山登ってみたいなあ~」

と思えるものを遠からず見つける事だろう。

「花子さんが花を買いにいきました。さて何でしょう?」

っていう漫才をやっていた頃を無性に懐かしく思う。

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