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11 月 26th, 2009 — 組織論
今の職場で私は相当恵まれていると思う。
幸せの絶頂と表現しても過言ではない。
1年程前に今後の身の振り方について思案していたところを、
うちの CEO に拾っていただいた。
私より技術レベルの高い人はいくらでも居る。
私より英語が堪能な人もいくらでも居る。
それなのに私にお声掛けいただいた事をとても有難く思うと共に、
仕事には非常に厳しいお方でもあるので、私が期待通りの仕事が
できなければそれはそれまでの事で、クビになるだけの事だ。
私は遊びに来ているわけではないし、遊び相手欲しさにお声掛け
いただいたわけではない事は十分承知している。
その程度の覚悟は私にもある。
自分の価値観を他人にお仕着せるのは良くない事かもしれないが、
他のメンバーも同じ感覚を持っているという事を前提に接するようにしている。
野球で言うならば、キャッチャーとセンターの役割はそれぞれ違うが、
それぞれに期待された役割をきちんと把握し、期待以上の仕事をしようという
真摯な姿勢を持たない者と一緒に未来を語る気に私はどうしてもなれない。
10年前に、初めて就職活動をしていた頃の考え方、
「インターネット外資に努めたい」
という思いに立ち帰って、外資系企業を主に扱うエージェントに相談していた
時だったので、本当にタイミングが良かった。
以来、この不安定な経済状況の中、女性向けネットワーク、モバイル、
ソーシャルメディアソリューション、そして記念すべき一周年には、
男性向けネットワークも開始でき、盛り沢山な初動であった。
来年以降は、インターナショナル戦略に少なからず影響を及ぼせる
今のポジションを利用してビジネスの幅を倍々の勢いで広げていくような
立ち回りが出来ればうれしい。
この過去1年の間に学んだ事は多く、うちの CEO にはいくら感謝しても感謝しきれない。
日々の業務を一生懸命務める事で少しでも恩返しができればと思うのであるが、
受けた恩の大きさには到底及ばない気がして歯がゆい毎日だ。
それに、そんな私の気持ちを直接伝えようとしても、面と向かってそういう照れくさい事
を言われるのが、苦手でいらっしゃるのか、すぐに話をはぐらかされてしまい、私は
いつも不完全燃焼のまま取り残されてしまう。
ささやかに執り行われた一周年記念パーティでもそんな感じで想いを伝え損ねてしまった。
もうそれもいつもの事だし、慣れっこだ。
言葉で伝えきれない分は、仕事で想いを体現していこうと思う。
パーティは身内だけで行いましたが、シャンパンでの乾杯の後、
色々な想いが溢れてきたのか、何故か涙がにじんできて止まらなくて
ずーっとおしぼりを目頭に当てていなければならなかったのには自分でも
正直驚き、困った。
来年、このレベルで感動するためには、倍以上の成果を出さないと、
いけない。
倍以上やる事を自分自身に期待しているわけだから、その期待を上回る
為には、3倍以上やらなければならない事になる。
これまで幾度となく勤め先を変えた私だが、今回ばかりは足蹴にされても
殴られても(言葉のアヤです。実際はこんな体罰があるわけではありません)、
とことん喰らいついていこうと思っている。
いつの日か、この組織が私を必要としなくなるその日まで。

10 月 4th, 2009 — 組織論
スタートアップ企業の悩みは、慢性的な人不足であり、
今居るメンバーでお互いをカバーしていくより他ない。
それは人数が規定のメンバー数に足りない状態で試合に臨んで
補欠に至るまで優れたプレーヤーの揃った競合チームに勝つことを
目指しているようなものだ。
まるで「がんばれベアーズ」だ。
ただ、スタートアップ企業の場合、
外野に二人しか居ないから、レフトとライトしか居ない。
センターにボールが飛んだら、レフトもライトも知らん顔はできない。
自分が取るべきボールと思って、落下する前に追いつく積もりで
追いかけなければいけない。レフトが取らなかったからと言って、
ライトはレフトを責める事ができない。ライトも同じだけ責任は負って
いるのだ。
ピッチャーは居るが、キャッチャーは居ない。
投げたら自分で取りに行くか、打ち取ることを目的とした球を工夫して投げて、
うまく打ち取るしかない。
そう考えると、スタートアップ企業にマッチする人材というのは、
スキルではなく性格なのかもしれないなぁ、と思う。
・きっちり仕事しないと気が済まない人
・自分がやらないと気が済まない人
・他人のフォローをしないと気が済まない人
・最短距離を走る、最も効率よくやらないと気が済まない人
・やると言ったら、何がなんでもやらないと気が済まない人
などなど。
そして、性格的に逆の人が居ると、スピードが必要不可欠な
スタートアップ企業にとって致命的になる。
例えその人に優れたスキルがあったとしても。
ただ、これも乱世の処世術のような気もしていて、安土桃山時代には
必要な人材かもしれないが、安定した江戸中期には煙たがられる
存在、あるいは危険な存在なのかもなぁ、とも思ったりする。
三国志の末期でも、かつての豪傑が平和が訪れると共に、
不要な存在となっていくように。
結論としては、適材適所ということで。
「諦めるな、一度諦めたらそれが習慣となる。」 出典:がんばれベアーズ
5 月 13th, 2009 — 組織論
結論的にいえば、日本軍のおかした失策が米軍のそれより大きかった
ということである。日本軍人の勇敢さや個々の士官の優秀さは米軍側
も認めるところであったが、こうした人々は巨大で複雑な、組織化された
現代戦の作戦で成功を勝ちとるのに必要不可欠な「高度の平凡性」
(フィールド『レイテ湾の日本艦隊』)が不足していたのである。
フィールドはその具体的な表われとして、次の点をあげている。
①聡明な独創的イニシアチブが欠けていたこと。
②命令または戦則に反した行動をたびたびとったこと。
③虚構の成功の報告を再三報じたこと。
こうした一つ一つの小さな失策が積み重なって、作戦全体の帰趨が
決定づけられたのである。各自が錯誤の余地を少なくするためには、
日常的な思考・行動の延長の範囲で活動できることが必要である。
~失敗の本質
日本軍の組織論的研究
中公文庫
一章 失敗の事例研究 レイテ海戦 P220 より抜粋~
5 月 13th, 2009 — 組織論
レイテ海戦のような広汎な地域での同時多発的な戦闘の展開に
あたっては的確な情報・通信システムが不可欠であることは
いうまでもない。
~失敗の本質
日本軍の組織論的研究
中公文庫
一章 失敗の事例研究 レイテ海戦 P218 より抜粋~
5 月 13th, 2009 — 組織論
ここで問題にしているのは、両者のいずれの見解が軍事戦略上、
適切であったかではない。より根本的問題として、作戦の立案者
と遂行者の間に戦略目的について重大な認識の不一致があるという
点である。
~失敗の本質
日本軍の組織論的研究
中公文庫
一章 失敗の事例研究 レイテ海戦 P215 より抜粋~