Web3.0 の鍵はソーシャルとリアルタイムなのか

Web2.0 が既に死語になりつつある今、同時に Web3.0 がどのようなものに
なるのか推測されてきている。

人はなんと飽きっぽいものか。

さて、その Web3.0 だが、昨今のソーシャルメディアの台頭とコミュニケーション
の粒度が小さく、そしてスピーディーになってきているところから、

ずばりソーシャルとリアルタイムが鍵

と大胆な予測をしている人達もいる。

Fred Wilson
http://www.avc.com/a_vc/2009/06/visiting-building-43.html

Mark Zuckerberg
http://www.businessinsider.com/zuck-facebooks-future-is-not-as-a-web-site-2009-6

Twitter の出資者とFacebook の CEO では、サンプルが激しく偏っているが、
真実の一面は含んでいる。

マイケルジャクソンの追悼式のライブビデオフィードと、ソーシャル要素を融合させると
こういう事になる。

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(画面右がライブビデオフィード、左側が Tinker による Twitter フィード)

Web3.0 がソーシャルとリアルタイムだけで語り得るかどうかは結果を
待ちたいところであるが、ソーシャルとリアルタイムが過去のインターネット
には無かった新しいバリューを提供しつつある事は確かだ。

ただ、これまでは単なる情報ソースであった Web から、文化の影響を受けやすい
ソーシャルメディアの領域にバリエーションが広がってきたとして、例えば Facebook, Twitter
が日本で流行る事があるだろうか。
国内では2ちゃんねるのみならず、三大ケータイSNS も比較的匿名性が高く、
情報の共有を目的とするよりは、ゲームで遊ぶなどネット時空の共有に
留まっている感が強い。http://2ch.net は利用者は偏っているにせよ、
盛り上がっているが、米国版の http://4-ch.net は閑古鳥が鳴いている。
先のマイケルジャクソンの追悼式のライブビデオの例にしても、国内ではこのような
形式よりも先にニコニコ動画のようなスタイルが市民権を得たりしている。
これが一体どういう事なのか、考えなければならない。
コンピューターサイエンス的にではなく、人類学的に、社会文化学的にだ。

ソーシャルとリアルタイムが鍵であったにせよ、日本には日本独自の
文化に適合したサービスでなければ、どれだけ海外で流行したかなどということは
マジョリティからしてみればそれほど重要な事ではないのである。
一般層が一般層に対して「ねえ、みてこれ」と話すに値するサービスにならなければ
キャズムは超えられない。