11 月 5th, 2009 — Social Media
Tinker のおかげで、なにかしらの「中の人」扱いされるようになり、
ちょっとくすぐったいやら、嬉しいやらで、正直どう立ち居振舞っていいか
よく分かりませんが、プロダクトの紹介をさせてもらってきました。
人前で話す事にも段々慣れてきました、というかなんか楽しくなってきた。
ポーケンガール達に、Tinker Tシャツを着て後ほどブログを書いて
もらう約束を取り付けた K氏。普段は大人しい風に見えて、
こういう場ではまるでナンパ師さながら。
律儀にも実行してくださったようですので、
ブログと共に勝手に紹介させていただいちゃいます。

木村絵里子さんのブログ『木村物語\(~o~)/』

工藤裕生さんのブログ『☆工藤裕生のブログ☆』
10 月 4th, 2009 — 仕事
この道、苦節十数年。
ようやく自分が主担当となるプロダクトを持ち、発表をさせていただきました。

とても嬉しいです。
名刺にもロゴとURL入れたいと思います。
Tinker ステッカー、Tシャツ等プロモーショングッズ欲しい方、ご連絡ください。
米国発信のサービスでもあり、まだまだ日本の方々にはなじまないユーザー
インターフェースであったり、携帯版が無かったり、国内のつぶやきサービスに
対応していなかったりと、課題は山積み状態ですが、今後はしっかりと成長させて
いき、日本のユーザさん達に愛されるサービスに育て上げたいと思います。
システム、サービス、ビジネス開発を一手に引き受けるのは大変なので、
一緒にお仕事してくださる方、募集中です。メールください。
発表会終えたらただただ寝たかったです。
そして今週末ゆっくり休めましたので、また来週からフルスロットルで頑張ります!
夜には、会社のメンバーほぼ全員参加で祝っていただきました。

夜の定例会もちょっと前にあったばかりなのに、みんな忙しい中集まってくれました。
「見たこと無い請求金額や!」
と愕然とされていたうちの CEO、体(労働)で払わせてもらいます。
何倍も稼いで返します。稼いでくれるのはうちの営業だけど。
うしろでせっせと弾こめます。
みんなありがとう!
でもね、まだまだこんなの序章ですよ。
二年目突入ですからね、もっといっぱいやりますよ。色々と。
不景気だからこそ、明るく元気に行きましょうよ!
7 月 8th, 2009 — Internet
Web2.0 が既に死語になりつつある今、同時に Web3.0 がどのようなものに
なるのか推測されてきている。
人はなんと飽きっぽいものか。
さて、その Web3.0 だが、昨今のソーシャルメディアの台頭とコミュニケーション
の粒度が小さく、そしてスピーディーになってきているところから、
ずばりソーシャルとリアルタイムが鍵
と大胆な予測をしている人達もいる。
Fred Wilson
http://www.avc.com/a_vc/2009/06/visiting-building-43.html
Mark Zuckerberg
http://www.businessinsider.com/zuck-facebooks-future-is-not-as-a-web-site-2009-6
Twitter の出資者とFacebook の CEO では、サンプルが激しく偏っているが、
真実の一面は含んでいる。
マイケルジャクソンの追悼式のライブビデオフィードと、ソーシャル要素を融合させると
こういう事になる。

(画面右がライブビデオフィード、左側が Tinker による Twitter フィード)
Web3.0 がソーシャルとリアルタイムだけで語り得るかどうかは結果を
待ちたいところであるが、ソーシャルとリアルタイムが過去のインターネット
には無かった新しいバリューを提供しつつある事は確かだ。
ただ、これまでは単なる情報ソースであった Web から、文化の影響を受けやすい
ソーシャルメディアの領域にバリエーションが広がってきたとして、例えば Facebook, Twitter
が日本で流行る事があるだろうか。
国内では2ちゃんねるのみならず、三大ケータイSNS も比較的匿名性が高く、
情報の共有を目的とするよりは、ゲームで遊ぶなどネット時空の共有に
留まっている感が強い。http://2ch.net は利用者は偏っているにせよ、
盛り上がっているが、米国版の http://4-ch.net は閑古鳥が鳴いている。
先のマイケルジャクソンの追悼式のライブビデオの例にしても、国内ではこのような
形式よりも先にニコニコ動画のようなスタイルが市民権を得たりしている。
これが一体どういう事なのか、考えなければならない。
コンピューターサイエンス的にではなく、人類学的に、社会文化学的にだ。
ソーシャルとリアルタイムが鍵であったにせよ、日本には日本独自の
文化に適合したサービスでなければ、どれだけ海外で流行したかなどということは
マジョリティからしてみればそれほど重要な事ではないのである。
一般層が一般層に対して「ねえ、みてこれ」と話すに値するサービスにならなければ
キャズムは超えられない。